100%防げないなら予防は無意味?集団免疫の仕組みを薬剤師が解説

「完璧な予防法がないなら、ほっとけばいい」

「自分が予防していれば、周りが感染していても関係ない」

SNSでは、感染症についてこのような意見を見かけることがあります。

でも、ここには「個人を守ること」と「社会全体の感染を減らすこと」の違いがあります。

結論から言うと

医療や公衆衛生では、予防を「100%防げるか、まったく意味がないか」という二択では考えません。

発症、重症化、死亡、そして感染の連鎖が起こる確率を、どこまで下げられるかが重要です。

たとえば、シートベルトは交通事故による死亡を100%防ぐものではありません。

だからといって「意味がない」とはならないですよね。

感染症の予防も基本的には同じです。

なぜ「集団免疫」が分かりにくいのか

「ワクチンを接種した人は、自分自身を守るために接種している」

これは間違いではありません。

ただし、それだけではありません。

感染症によっては、免疫を持つ人が増えることで、病原体が次の人へ感染する機会そのものが減っていきます。

これが、いわゆる「集団免疫」や「集団防御」と呼ばれる考え方です。

イメージすると、

感染者 → 次の人 → さらに次の人

という感染の連鎖が、

感染者 → 免疫を持つ人で止まる

という状態が増えていく。

その結果、免疫を持たない人や、十分な免疫反応を得られなかった人にも間接的な利益が生じる可能性があります。

WHOも、集団免疫は感染の連鎖を減らし、ワクチンを接種できない人などを守る考え方として説明しています。必要な免疫割合は感染症によって異なります。(世界保健機関)

「自分だけ予防すればいい」が成り立たない場合

ここで重要なのが、ワクチンも「絶対に感染しない魔法」ではないということです。

たとえば麻しんでは、厚生労働省によると、ワクチン接種によって約95%の人が免疫を獲得します。2回接種することで、1回目で十分な免疫がつかなかった人の多くにも免疫をつけることができます。(厚生労働省)

つまり、

個人の予防効果 + 周囲での感染機会の減少

という両方の視点が重要になります。

周囲に感染者がほとんどいない環境と、周囲の多くが感染している環境では、同じ予防をしている人でも「病原体に出会う機会」は当然変わります。

火の粉がほとんど飛んでこない場所と、四方八方から飛んでくる場所が同じではないのと似ています。

麻しんは「集団免疫」を考える分かりやすい例

麻しんは非常に感染力が強い感染症です。

厚生労働省も、空気感染・飛沫感染・接触感染によって広がり、感染力が非常に強いと説明しています。(厚生労働省)

そのため、地域全体で高い免疫水準を維持することが重要になります。

WHOは、麻しんの流行を防ぐためには、地域ごとに2回接種率を95%程度に維持することが重要だとしています。(世界保健機関)

そしてこれは、単なる理論上の話ではありません。

2025~2026年に米国サウスカロライナ州で発生した麻しん流行では、997例が報告され、患者が集中した地域では学校のワクチン接種率が低い傾向が確認されました。(New England Journal of Medicine)

「接種率が低い集団では感染が広がりやすい」という集団レベルの現象を考える材料になります。

ただし、ここにも注意点があります

「集団免疫」という言葉を、すべての感染症にそのまま当てはめることはできません。

感染そのものや他者への伝播を十分に減らすワクチンでは、集団レベルでの感染抑制が期待されます。

一方で、主に重症化を防ぐことを目的とし、感染や伝播を十分に抑えないタイプのワクチンでは、古典的な意味での集団免疫は成立しにくくなります。

つまり、

「ワクチンがある=必ず集団免疫が成立する」

でもなければ、

「ワクチンは100%ではない=集団免疫には意味がない」

でもありません。

感染症とワクチン、それぞれの性質を考える必要があります。

薬剤師として伝えたいこと

感染症について考えるときに大切なのは、「自分が病気になるかどうか」だけを見ることではありません。

感染症では、自分の感染が次の人への感染につながる可能性があります。

その相手が、乳児、高齢者、妊婦、免疫機能が低下している人などであれば、感染による影響が大きくなる場合もあります。

だからこそ公衆衛生では、個人への予防と、社会全体の感染機会を減らす取り組みを組み合わせて考えます。

WHOとUNICEFの2025年データでも、世界の麻しんワクチン2回目接種率は77%にとどまり、95%という流行予防の目安を下回っています。2025年には57か国で大規模または深刻な麻しん流行が報告されました。(世界保健機関)

健康情報は「ゼロか100か」で考えない

健康情報を見るとき、

「100%防げないなら意味がない」

「一人でも感染するなら予防は無意味」

という考え方になっていないか、一度立ち止まってみることが大切です。

科学では、

リスクをゼロにできるか?

だけではなく、

リスクをどれくらい下げられるか?

を考えます。

感染症対策も同じです。

ワクチン、衛生管理、早期診断、感染時の接触を減らすことなど、複数の対策を組み合わせることで、感染や重症化のリスクを下げていきます。

まとめ

  • 予防法が100%ではないことと、予防に意味がないことは別問題

  • 個人の免疫は、感染機会を無限に無効化するものではない

  • 感染症によっては、集団全体の免疫が感染の連鎖を減らす

  • 集団免疫の成立条件は、感染症やワクチンの性質によって異なる

  • 個人防御と集団防御は、対立するものではなく組み合わせて考えるもの

  • 健康情報は「ゼロか100か」ではなく、リスクをどれだけ下げられるかという視点で考える

「100%ではないから、何もしない」

ではなく、

「100%ではないからこそ、複数の対策を組み合わせる」

これが、感染症を考えるうえで大切な科学的な視点の一つです。

このnoteでは、SNSで広がる健康情報について、薬剤師の視点から「何が分かっていて、何が分かっていないのか」をできるだけ分かりやすく整理しています。

健康情報を、感情やイメージだけではなく、科学的な視点から一緒に読み解いていきましょう。

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